縁起

光善寺の本堂の堂内です。

 光善寺はもともと400年以上続く港区元麻布の光善寺の分院として、昭和60年に第17世住職柳川信澄が当時浄土真宗本願寺派の寺が無かった越谷の地に、都市開教寺院として新たに開設いたしました。
 越谷市は県の南東部にあり、東武鉄道の東京スカイツリーラインが南北に横断、JR武蔵野線が東西に横断している人口約33万人の埼玉県で5番目に人口が多い市です。江戸時代には、日光街道の宿場町「越ヶ谷宿」として栄え、特に光善寺の最寄り駅の「せんげん台」は近年東京のベッドタウンとして現在でも人口が増え続けています。最近では国内最大級のショッピングセンターであるレイクタウンが開業し、水郷と歴史の町「越谷」はますます発展していくことと思われます。
麻布の光善寺は天正11年(1583年)世田谷区上宿に開かれ、その後、藩主の命により港区芝に寺域を移転しましたが、寛文年間に第6世住職・宗善が麻布山善福寺第17世永海上人の長女・亀女と結婚したことにより、善福寺の寺領の一部を譲り受け、元麻布の地に新たに堂宇を建立、現在に至っています。
 越谷の光善寺は昭和61年より活動を始め、平成10年5月26日付けで埼玉県知事より宗教法人光善寺として認証を受け現在に至っております。
 その間、平成2年11月17日には本堂落成慶讃法要を当時の本願寺第23代御門主勝如上人御親修のもと厳修させていただきました。昨今では、宗祖親鸞聖人報恩講法要は毎年2日間に亘って多くの門信徒の方々がお参りされ、賑々しく勤めさせていただいております。また月2回の常例法座や年1回のご旧跡寺院などへの団体参拝旅行などご門徒と一緒に教化・伝道活動に励んでおります。
境内の墓地、通称「青光苑」は仏説阿弥陀経の「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」から由来され、都会のコンクリートで囲まれた墓地ではなく、お墓参りにいらした方が心が休まるように周りを常緑の垣根で囲み、墓地内は四季に応じてそれぞれ草花が咲き誇るようになっており、晴れた日には夕陽に沈む富士山を望むことができます。

住  職  富谷哲治(釋哲眞)
開基住職  柳川信澄